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17時になると同時に会社を飛び出す。
リュックを背負って成田空港へ向かう。アイスランド火山噴火の影響で数日前まで運休が相次ぎ、出発できるか心配だったけど無事出国。シャンペンを飲んで寝てしまったらパリに着いた。朝4時の空港は人がいないし、ターミナル移動のバスも動いていない。朝日がのぼってくるのを見ながらカサブランカ行きの飛行機を待つ。
やっと乗った飛行機はカサブランカ着陸寸前で再浮上。大きく旋回して再度降下。この着陸やり直しはいったい何だったのだろう。さらに進入するゲートを間違えちゃって、バックして移動するから結局30分も遅れてモロッコ入国。
飛行機から外に出るとむっとした空気が押し寄せてくる。
4月の東京は雪が降ったりずっと寒かったのだけど、5月のカサブランカはなかなかの暑さ。長袖持って来すぎたかも。今回からスルガ銀行のVISAデビットカードを使う。問題なくATMからDHをおろせたので地下の電車乗り場へ。車内で"ひとり写真"で自分を写していたら、近くの乗客がWelcome Morocco!なんて声をかけて来る。きっと地元の人でCasa Voyageurs駅あたりで降りるのだろうからついて行こうと思っていたら、一つ目の駅をCasaかって乗客に聞きまわっていて、あれれ参考にならないじゃん。
駅に着いたらすぐタクシーの呼び込みが寄ってきたりして、やっとわくわくが体に行き渡ってきた。調子が出てきて適当に歩き出したら方向違いで慌ててプチタクシーを拾う。乗り合いだから途中で後ろに人が乗ってくる。ホテルの予約はしていないのでメディナ近くの第一候補辺りで下ろしてもらう。
一晩泊めてくれって言ったらOKだと。シャワーもついてて190DH。
短パンに履き替えホテルを出たら、ホテルの前で車の接触事故があったみたいで10人くらいが大声で揉め事中。モロッコの人は見た目静かだけど事が起こると元気らしい。とりあえず海が近いので港に行く。漁港なので観光客はほどんどいないみたいだけどずんずか海が見えるところまで進んで行くと岸壁に人だかり。漁港は賑わっているねと写真をパチリ。ってよく見ると手前の漁船に水が入って沈みかけてる。船員がワイヤーとかでひっぱって何とか持ち上げようとしてるのだけど、厳しそうだな。周りの人達はやじうまだったのか。
いや暢気に写真なんか撮ってしまった。
港からはぱっと開けた海が見えなかったので、大西洋が見たい大西洋が見たいと海際の道をハッサン二世モスクの方へ歩いていくのだけれど、巨大建設予定地みたいなのが邪魔してなかなか海に近づけない(因みに大西洋ってアトラス山脈のそばにある海って意味なんだって今気づいた)。なんだか数年するとここには大きなレジャー施設ができるみたいだなってさらに進むと視界が開け海が見えた。モスクは海際に建っていて少年たちが周りで泳いでいる。大西洋だね、99年のロカ岬以来だ。モスクはなんだかうーんイスタンブールの方がいいかも。
旅の感覚がだんだんと戻ってきたのでメディナに向かうことにした。メディナは都市の中にもうひとつ小さな町空間が城壁に囲まれて存在する。マーケットも住居もモスクもあり、細い道で繋がってコミュニティーがそこだけで完成している。
蟻の巣にお邪魔したような感じで、これまで旅した町にはあまり見られなかった形態に写る。生活階級によって暮らしているエリアが違うことはどこの国でも良くあるのだけど、それとは違う活気に満ちた不思議な空間がある。さっきまで大西洋を見ていたことがうそのような、別の町のことのような、ずいぶん昔のことのような、印象を受ける。城壁の中と外は空によってだけ繋がっている。そんなメディナの細い道を少しづつ進んでみる。
食料品を売る店が並ぶエリアでは、魚、肉、野菜が店頭に山積みになっていて、ウサギや牛の頭なども売られている。狭いかごに入れられた鶏と目が合う。横ではおじさんが鶏をさばいている。荷物を運ぶ人、店番をする人、カフェでお茶を飲む人。そして細い道を行きかう人々。悠長に写真を撮る余裕を与えてくれない現在進行形の流れがその中にはある。メディナはこの後行ったマラケシュやフェズなどにもあるのだけど、カサブランカのメディナは観光客向けの感があまりない。英語で話かけて勝手についてくる人もたまにいるくらいで、皆自分の作業の方に向いている。メディナの門をくぐり再び外の街に出るとまた別の時間が流れ出す。村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を思い出したりもする。
--2--
移動の旅が始まる。
朝6:50発の電車でマラケシュへ向かう。モロッコの電車は駅の行先表示がしっかりしていて意外と乗りやすい。事前にインターネットで調べた時刻を駅で軽く再確認し切符を買い乗車する。車両はコンパートメントの8人がけで既に中にふたりいて、ちょこっと覗いていたら座れと合図されたのでリュックを棚に上げ入口側の席に座る。後からさらにひとり入ってきた。走り出してすぐに車窓は畑風景に変わる。入れと言った金色きらきらの時計をしたおっちゃんが英語でどこから来たのか聞いてきたので答えていたら、俺はタンジェから夜通しで乗っている、ヨルダンから来た、マラケシュまで行く、お腹がすいた、など勝手に自分の話をしだす。後から入ってきて僕の向かいに座ったおじさんはずっとリュックサックを胸に抱えている。どっから来たとかあまりしゃべらないでただ遠慮気味にニコニコ笑っている。金時計が、俺の好きな音楽だと携帯電話からアラブ音楽をかけ歌いだす。もうひとりのおじさんはモロッコ人みたいで金時計とアラビア語で話をしている。
知らないうちにニコニコも会話に加わってアガディールにバスで行くと何時間ぐらいかかるか?とか聞いている。金時計はヨルダン人なのにモロッコを自国のように説明する。フランス語なのかアラビア語なのか何だかよく分からないのだけど、地名だけが僕の耳に届く。
会話が途切れたところでコンパートメントを出て便所に行って戻ってくると僕の席をふさいで金時計が横になって寝ていた。ニコニコがこっちに座ればいいと詰めてくれた。相変わらず程よくニコニコである。駅に止まるとモロッコのおじさんが駅名をボソッと言う。途中ワゴンの売り子が来たので金時計は起き上がって食べ物を買うのだが買ったパンケーキがおいしくないと半分食べて床に捨てた。さすが金時計だけあって贅沢らしい。見かねたモロッコのおじさんが自分のかばんから食料を取り出す。
ビワ、リンゴ、オレンジをみんなに配って分けてくれる。ニコニコは悪いよって感じで、僕は最初ビワが何か分からなくてくるくる回していたら金時計が剥き方はこうだって得意げに笑った。果物を食べながらまたアラビア語での話が盛り上がり、金時計がたまに内容を英語で伝えてくれる。なんだかんだいってあっというまにマラケシュの駅が近づき、金時計が大きな荷物を下ろし最後に何か言ってささっとコンパートメントを出て行った。出口が混むからといってニコニコが続いた。僕がホームに降り立ったときにはニコニコの姿は見えなかったし、金時計は線路を跨いで向こうへ歩いていってしまい、僕の後から降りたはずのモロッコ人のおじさんは降りた乗客の流れの中で見分けがつかなくなっていた。にぎやかな出会いがすーっと消え、リュックの重みが肩にずしりと来た。
日差しは強く、マラケシュもそこそこ暑い。
とりあえず駅から新市街とは逆向きの閑散とした道を歩いてCTMのバスターミナルに行く。明日のエルラシディア行きのバスの切符を買い、プチタクシーで旧市街に入った。フナ広場に近いホテルはガイドブックより40DH高く朝食付きだったが、明日は朝のバスが早く朝食はとれないので朝食なしだったら幾らだと尋ねたらその値段が嫌だったら他へ行けとそっけない。フロント前の椅子に腰掛け他のホテルを検討してみたが、旅のホテル探しの失敗の記憶がよぎってなんだか面倒になって泊まることにした。
部屋はモロッコのタイル張りでなかなか情緒がある。
荷物を置いてホテル前の広場に出てどこへ行こうか考える。まだ昼前なので時間はたっぷりあるが行きたい場所が思い当たらない。とりあえず賑やかな通りを南のほうへ進むことにする。城壁があって観光客っぽい人達がいたのでついて行ったらエル・バディ宮殿についた。中に入ると西洋人が多く目につく。外の雑踏から切り取られたような音色のない空間が広がっている。たまたま自分の進む先先にフランス人だろうか5人の女性グループがいて、まるで後を追っかけているみたいで、まあそれはどうでもよかったのだけど、途中でそのグループを追い越して先に出口から出て次に向かう。途中テラスで食事が出来る食堂があったのでチキンのタジンを食べることにした。食べ始めるとさっきの宮殿にいた5人の女性グループが入ってきた。そこで事が起きた。
店員に連れられて5人組が僕のテーブルの列に座ろうとしていた。僕の列は少し混んでいて5人がちょうど座れるスペースしかなかった。
2、3人が座りかけていると、別の店員がこっちの方が空いてるぜってまだ座っていなかった1人に声をかけた。あっちの方がゆったり座れるって、と言ったか分からないが5人が一斉に別のテーブルの列に移動しはじめた。これはまずかった。ここの食堂はテーブルの列ごとに店をやっている人が違うのだ。自分が連れてきた客を横取りされた店員が横取りしたメガネの店員にすごい剣幕で文句を言う。残念なのはそんな争いをよそに5人は無邪気に新しい席に座って注文を始めてしまっていた。食堂の総まとめ役みたいな人がメガネに注意のようなことを言っているが、メガネはメガネで真剣に反論している。たぶん男性は縄張りとかそういった事に敏感である。なのに5人組はというと暢気にコーラなどを飲んでそ知らぬ顔なのか、ほんとに気づいてないのか。この争いはさらに続く。新しく来た客をメガネが呼び込もうとしている時、横からさっきの店員が客を引きずりこむようにして自分のテーブルに案内した。メガネはさすがに文句が言えないようであった。そしたら僕のそばに座っていた西洋人の男性の客が店員にやったなって笑顔を送った。新しく来た家族はコーラではなく食事を注文した。まあそういうことだ。僕はそれを見届けて席を立った。
食事が済んだので次はスークのある方へ向かうことにする。モロッコに慣れてきたのか途中に寄った宮殿あたりから驚きが減ってきた。スークの路地に入るとやたらと声を掛けられる。英語でどこ行くんだ案内するぞ、いい店があるからこっち来いって、勝手なおっちゃんは勝手に先導する。モスクへと歩いている自分とおっちゃんの歩く方向が同じで巻くに巻けない。適当に10mくらい離れた後ろを歩いていると途中で気づいて立ち止まって待っている。店には興味がないよって断ってもじゃーどこ行きたいんだ、モスクは今日は観光客は入れないから明日行けとか親切なのかなんなのか、この面倒くささはイスタンブールに通じる。相手の懐に入ってしまえと店を覘くのも手なのかもしれないが、旅の経験が深くなればなるほど土地の流れにまかせる柔軟性が薄れていく。静かに自分のリズムで観光したいというのが、そもそも自分勝手なんだろうなと無駄に反省してしまう。V字の分かれ道で右に曲がったら店の方向とは別の道になったらしく、じゃーなと言っておっちゃんは離れていった。しばらくすると「モスククローズ」「モスククローズ」と子供達が取り囲んでくる。知っているよと答えてもなぜか平行してついて来る。
僕の周りには観光客がいなくてどうも目立つ。モスクの塔を確認して足早に路地を進んだら誰もついてこなくなったが自分の位置を見失ってしまった。マーケットから離れ生活圏に入り込んでしまった。迷子になるとかえって引き返すエネルギーが出てこなくなって更に奥へと進んでしまう。
幸運にもまたマーケットの端に出られたので、こんどは衣料品や皮革製品が並ぶ店に沿って進んでみる。店々は素敵なのだが、いつものように写真を撮っている余裕がでてこない。後から思うともっとふらふらすればよかったのにと思うのだが、たまたま今日は細い路地を窮屈に感じてしまった。それでもマラケシュのスークはカサに比べて品数も多く質も高いように思え、何か探し物があると面白い所だと思う。そうこうしているうちにフナ広場に出た。広場を行き交う大勢の中に包まれるとそれはそれでほっとする。好奇な目をして観光する自分とオレンジジュースいらないかと声をかけてくるおじさん。太陽が西に傾くにつれ、人はフナ広場に集まってくる。
--3--
朝7時30分発のバスでワルザザードを経由してカスバ街道をエルラシディアまで行く。
アトラス山脈を越えた向こう側で降りてクサルを見たり、足をのばして砂丘まで行こうか迷ったがバス10時間乗りっぱなしで一気に進むことにした。早めにジブラルタル海峡に出たかったのとサハラ砂丘の端っこをわざわざ見に行くのもなんだかなー。
バスのチケットを買うときに7時30分発だけど1時間くらい早く出ることがあるから6時には来てなさいと言われたので朝早くCTMバスターミナルへやって来た。だけどバス出発の気配もないのでターミナルの喫茶店でパンとミントティーの朝食をとる。バスターミナルをうろうろと写真を撮ったりアガディールやフェズ行きのバスを見送ったりして自分のバスを待つ。
どうもロスバス事件以来バスは苦手で落ち着かない。結局バスは7時30分にやってきた。いったいチケットを売ってくれた女性は何を言いたかったのだろうか。大きい荷物はカウンターで預けたのだけど6時早々に渡していたからちゃんと乗っけてくれたか気になってバスの周りをちょろちょろしていたら運転手に座っていろと注意される。荷物を盗んだりする人がいるからCTMでは預かり証を発行して係りの人がバスに積み込むシステムになっているらしい。適当に座ろうとしたら座席指定だったらしく、細っちょの青年は僕の席はあそこだと教えてくれた。バスは1日に1本なので座席はほぼ満員みたいだ。僕の席は一番前だったから見晴らしが良い。アトラス山脈の峠道をしばらく登った途中の小さな村で休憩をとる。20分後に出発らしいので写真を撮ったりお菓子を買ってトイレを貸してもらったりする。バスにおいて行かれないように気にしていたのだけど、CTMバスは出発前に運転手さんが人数をちゃんと確認する。峠を越えると景色はだんだんと緑から茶色へと変わっていき、ワルザザードについた。
ここから乾燥地帯をひたすら東へと進む。
バスの車窓からもカスバが見えたので、わざわざ降りなくても雰囲気は味わえた。砂漠が広がり目印もなくなる。たまに小さな町を通るのでどこかなと地図を見ていたら、隣に座っていた同い年くらいの男の人が指差して今この辺だよって教えてくれた。しばらくすると昼食休憩があり、看板も出ていないような地味なタジンしかない店でタジンを食べた。30分で発車するといっていたから気が気でなかったのだけどタジンは結構熱くて手がやけどしそう。食事が済むとバスは再出発。それからは町を通り過ぎるたびに乗客が少しづつ減っていき、西日がバスに差し込み始めたころティネリールという町に到着した。この町の先の分かれ道を右に進むと砂丘に近いエルフード方面へ行くので、停車中のバスにぞろぞろ自称ガイドが乗り込んできて、デザート、デザートと連呼する。
後ろに乗っていた若い西洋人のカップルはエルラシディアまでチケットを買っていたみたいだったが、こっから俺の車で行ったほうが安くて早いぞとガイドに言われ乗り換えることになった。僕の返答に不機嫌だったその男はいやらしいくらいの笑い顔で二人を連れて出ていった。
しばらく停車していたバスに運転手が戻ってきた。最初満員だったバスも、もう10人も乗っていない。軽くなったバスは時速100kmを維持して荒野をずんずん進む。道はずーっとすいているのだけど制限速度はしっかり守るんだなと思っていたら、先に警察の車が止まっているのが見えた。スピード違反を取り締まっているみたいだなって、あれれさっき二人を連れて行った男が捕まっている。バスが横を通り過ぎる時、男はばつの悪そうな顔してバスの方を見上げた。なんだかかわいらしく思えた。終点のひとつ手前の町で僕の隣の人がチャオって言って降りていった。隣の席が空くとなんとも変な気分だった。11時間のバスの移動が終わる、次のことを考えねば。
土煙たつ終点のエルラシディアに降りるとまたデザートデザートが押し寄せてくる。
その間をぬってバスの時刻表を調べる。22時発フェズ行きのバスはやっぱりあったのでチケットを購入する。事前にちょっこっと調べていた想定通りだったので、旅としてはちょっとつまらない気もするが。出発までの4時間を町でつぶそうとふらふらとバスターミナルを出ようとした時ゴミ溜まりみたいなところに少しきれいなスーツケースが半つぶれになって中身がはじけ出て捨てられているのに目が留まる。バスに乗せ忘れてそのまま隅っこのゴミ溜まりに無残に放置されているようで、それを見ていたらさみしくなりかける。いやっっ、なりかけた気分は弾けとんだ。となりのゴミの山の中から赤いスニーカーと白い靴下が覗いている。顔から足まで茣蓙のような物で覆われているのだけど、どーみても生きているようには見えなかった。このスーツケースの持ち主なのだろうか。気持ちがぶっ飛びそうだったけど、とりあえずバスターミナルを離れてメインストリートに出る。今日はメーデーだったので、通りでは大騒ぎなデモをやっていてさっきの赤い靴とで緊張してしまう。そんな次の瞬間ウィンドブレーカーが頭を過ぎった。あれ?バスの棚に忘れてきてしまった。慌ててバスターミナルに引き返す。赤いスニーカーの横を足早に通り過ぎる。バスはまだ止まっていて近くで擦れちがった運転手が僕の顔を覚えていて、運転席に置いてあるぞと言ってくれる。いや危ない危ないというかもう赤いスニーカーは見たくないから別の出口から町に戻る。
町は小さく舗装されていない道も多く土っぽい。
見て回るところもなくなりカフェに入ってミントティを飲んで時間をつぶす。いつもいつもだけど夜行を待つ間は嫌である。ひとりだとカフェにいても時間が持たない。食事をしようと入った次の店がレストランではなくてカフェだったらしく食べ物はないと言われる。もうすっかり陽もくれて小さな町の路地は薄暗く、ちょろちょろ出て行くのも面倒くさくなって愛想のいい店員にまたミントティを頼んだら、ちょっと困った顔をして店を出て行ってしまう。しばらくすると新しいお茶の箱を小脇にミントの葉を僕の方に振りながら戻ってきた。今から準備するからと言っているような笑顔を向ける。いやメニューにないならないっていってくれればよかったのに。カフェはサッカーを見に来た地元の人で満員の大盛況だった。バルサvsバレンシアで点が入ると大盛りあがり。ここの人はお酒を飲まないからコーヒー飲みながら叫んでいる。そんな光景を一番後ろの席から見ていたらバスの時間も近づいてきた。バスターミナルに戻りリュックを引き取りバスが来るのを待つ。さっきのゴミ溜まりをちらっと見たら、横たわる赤いスニーカーがなくなっていた。処理されたのかただ寝ていただけなのか。いやいや赤いスニーカーはゴミ溜まりには似ても似つかないほど綺麗だったぞ。いったい俺は何を見たのか。
--4--
フェズ行のバスが出発する。
JOCVでモロッコに来てメクネスで働いている方が同じバスに乗っていたのでモロッコの様子を教えてもらう。民営の夜行バスはお勧めできないなどなど。いつもの怪しい夜行移動よりは多少緊張が和む。バスはアトラス山脈の峠道を車体を大きく揺らしながら結構なスピードで進んでいくのだけれど窓の外は真っ暗で何も見えない。崖の下に落ちないことだけを願う。ぐっすり寝たという感触は無かったが朝4時にメクネスに着いて日本人の彼が下りて行き、その1時間後フェズに到着した。外は朝日が昇ろうとしていて、空が曙色に染まり始めていた。
さてどうしたものか。今すぐどこかホテルへ行くか、バスターミナルの喫茶店で時間を潰すか、迷う。ターミナル内にいるタクシーの運転手が乗るだろ乗るだろってまとわりついてくるからとりあえずミントティーで体を暖めることにする。ミントティーを飲みながらホテルを探す。旧市街には安すぎず高すぎずのほどほどホテルが1軒しか見つからない。やっぱり眠りが浅かったみたいでとにかくホテルで仮眠を取りたくなってきたので、5時30分過ぎにターミナルから町のほうへ歩いてみる。がぁやっぱり二人組みの酔っ払いみたいな浮浪者が何だか言って追っかけてくる。重いリュックをゆさゆさと早歩きで逃げていたら、タクシーが自分の脇に止まって早く乗れと言う。傍から見ていたら危なっかしかったのだろう。行き先も決めてなかったからさっき候補にあげた旧市街のホテルに行ってみることにした。がぁやっぱりホテルは部屋がないという。きっと朝早すぎるのだろう。空はすっかり明るくなっていたけど行き場を失ってしまった。別のホテルがないか辺りを少し見回すがほどほどホテルなどなさそうだ。
そんな風にきょろきょろしていたからライカールトそっくりの若者に声をかけられてしまった。俺がホテルを探してやるって親切かもしれないけど面倒なことになった。マラケシュの路地裏でそっちは行き止まりだと別の道を先導して金を払えと言ってきた若者の顔が蘇る。この人も俺を信用しろ友達だろとか言う。彼は英語が話せるのだ。タクシー乗り場へ戻る道を見失っていたから走って逃げ出すわけにも行かず、いろいろ理由を言っていたら結局彼を酷く怒らせてしまった。やっぱりバスターミナルで待機していればよかったな。夜行バスで日本人としゃべって若干気が緩んでいたなと今更後悔。。
新市街に出ても、昼にまた来てと言われたり泊まる所が確保できない。それでもなんとか、今まで泊まって来たホテルよりちょっと高めだったけど部屋をとることが出来て、洗濯物をしてちょっと寝たあとで、フェズ・エル・バリの細い迷路を探索して丘の上に登ってフェズの町を見下ろした。ところで迷路をふらふらするのはよかったのだが観光圏なのか生活圏なのか、その薄い境界をうまく感じることが出来なくて、どうも気持ちが揺らぐというかすっきりしない。日曜だから普段より人が多かったのかもなとか、荷物を運んでるロバに吹っ飛ばされるしとか、わけの分からないことを自問自答しだす。時間を持て余し気味でうまくスカッとしたバカになれない。こんな時、ふいに一人旅じゃなくて話相手でもいたら便利なのになとか勝手なことを思う。やれやれ。
--5--
この旅で初めてホテルで朝食をとり、いつもよりゆっくり出発。
窓口で8時50分発のメクネスまでの切符をくださいと言ったら、9時50分の切符をくれた。いや8時50分のに乗りたいのだけどと主張してみたけど、うまく通じない。今8時20分だから1時間以上待つなんてついてないなと駅の大時計を見上げたら何だか9時20分を指している。腕時計は8時20分。なんだかフェズの時間が1時間進んでいる
。夜行バスで山脈を越えている間に時空がゆがんでしまったのか。後から分かったのだけど昨日からサマータイムに切り替わっていたらしい。すっかりモロッコのサマータイムなんか意識してなかったから切符売り場の女性に無駄な抵抗をしてしまっていやいや恥ずかしい。完全な時差ぼけだ。ついでに列車の写真を撮っていたら係員にフラッシュは駄目だとか注意される。
メクネスの町ではあまり声を掛けられることもなく、マラケシュやフェズより歩きやすい。ムーレイ・イスマイル廟では扉が開いていたので奥まで歩いていったら管理してる爺さんに好きなだけお金を置いていけと言われ何だかよくわからず小銭を置くのだけど、この爺さん先にいたツアー客が出払うと入口の門の鍵を閉めてしまう。僕は偶然ツアー客のタイミングで中に入れたみたいだけれど、この門番の爺さんはいったい誰なのだろう。
次に風の道といわれる高い壁に挟まれたまっすぐの道を歩く。
人っ気があまりなくて、ふと小田和正の「風のように」が出てきて、声に出して歌ってみる。旅をしているとふいに歌が出てきて懐かしく思う。風が強く心地よくメクネスはちょっと高いところにあるのでトレーナーが必要なくらい涼しく心地いい。
明日はいよいよ待ちに待ったタンジェである。
--6--
タンジェへはメクネスから1時間ほどのシディカセムという駅で乗換えをする。
そろそろだろうとリュックを棚から下ろし座席を立ったらそばにいた白いヴェールを羽織ったおばさんに何で立つんだと質問される。乗り換えてタンジェに行くんだと駅名の書いた筆談用のメモを見せたら私も一緒だからと言ってくれた。どうも観光客だからカサブランカに行くと思われてたらしく親切に教えてくれようとしたみたいだ。
シディカセムは採掘場か何か工場みたいなのがあるだけの殺風景な駅。ここで1時間ほどタンジェ行きの列車を待つのだがタンジェ行きのホーム側が日陰で寒かったので向かいのホームへ移動しリュックサックの上に座って列車を待つ人々を眺めていたら、さっきの白いおばちゃんがやって来てメモノートを貸してくれという。メモとペンを渡したらおばちゃんそれ持ってどんどん歩いていってしまう。メモノートは貴重品なのであげた訳じゃないぞーと追いかけたら、おばちゃんは若い女性にI Podで何か調べてくれと言ってそれをメモしている。僕はモバイルに疎いのだけど、I podって何か検索できるのだっけ。おばちゃん携帯は持っているし何をやっているのかよく分からなかったけど、おばちゃんは自分のメモしたページだけ破って僕にメモを返すと向かいのホームに行ってしまった。しばらくすると列車まで20分以上あるのに、向かいのホームにいたおっちゃんが列車来るぞーと叫んでいる。横を向くと列車がホームの先に見える。慌てて線路を横切ろうと思ったらもう危ないからそこで待ってろって反対側のホームに取り残されてしまった。しかたないので地下道を回って反対側に出たらもうみんな乗り終えてた後だった。近くのドアから客車に乗りこむ。デッキでメクネスのホームにいた若者とすれ違う。シディカセムのホームでも偶然何度もすれ違っていたからまたの遭遇にお互い照れ笑い。中に入って一番手前のコンパートメントを覗いたらなんとさっきの白いおばちゃんがいてそこ座んなさいだって。他にも通路側におじさんがひとりと窓際に黒っぽいヴェールのおばちゃんがいる。列車が走り出して次の駅でおばちゃんと若い女性の親子が乗ってきて、コンパートメントは5人に。僕の右に黒いおばちゃん、向かいが白いおばちゃん、左が恰幅のよい母親おばちゃん。さてさて僕をトライアングルで挟み撃ちして、カサブランカがいいだのタンジェがいいだの何だかよく分からないがこの後終点まで2時間以上激論トークを続ける。
おじさんもたまに参戦してくる。アラビア語のど真ん中できょとんとしている自分を傍から見たらどんなだろと思ったらなんだか可笑しくなってきて内容をまったく理解していないのに、ニタニタしてしまう。それにしてもアラビア語が分かっても入り込めなさそうな勢いでしゃべるしゃべる。身振り手振りも機敏でいったい何がテーマだか分からないけどおばちゃん達元気だ。窓の外を見ようにも黒いおばちゃんが僕の方に身を乗り出しているから右を向くと目があっちゃって困る。終点近くになると久しぶりの青々とした海が黒いおばちゃん越しに見えてくる。急に会話が途切れて身支度タイムになって終点タンジェ到着。皆さんお疲れ様、御機嫌よう。
タンジェのホテルは部屋の窓から海が見える。とにかく海が見えたら俄然元気になってきた。『The Bourne Ultimatum』でスクーターが爆発した場所を探しに歩き出す。ふらふら歩いているとハシシいるかと何人も声を掛けてくる。日本人か韓国人か中国人かとか聞かれるから中国人でうなずいてみる。案内するとか道教えるとか言うから適当に反応していると諦めてじゃーなと言って離れていく。なんだ日本人だってばれてたじゃん。ジブラルタル海峡。海を挟んでこっちがアフリカプレートで向こうがユーラシアプレートだ。
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Fix航空券なのでどうしてもマラガまで早く着きたいなという焦りに似た気分がなんとなくあったが、ようやくヨーロッパが見えた。これからバスでセウタへ行き、そこからスペイン領に入国する。朝一のバスターミナルは既に結構な人で客引きがたくさん寄ってくる。押し寄せる勢いの間を縫うようにチケットオフィスに入りセウタと言ったら、店員は外の客引きを呼び込む。さっき振り払った兄ちゃんがなんだセウタなら俺のところだと言って僕を引っ張っていく。カウンターでチケットを購入し自分の乗るバスを探す。行き先を連呼している人が大勢いて大賑わいCTMのバスターミナルとは雰囲気が違う。
セウタ行くならこのバスに乗れって言われたけど行き先が表示されているわけでもないしさっき買ったバス会社なのかも分からない。セウタ・ティトゥアン・アルホセイマと声を張り上げているお兄ちゃんにこのバス会社のセウタ行きはこのバスかと言ったら車体の横に書いてあるアラビア語を指して同じだろっとニコニコ笑う。バスに乗り込み近くの乗客にもチケットを見せながらセウタに行くかって聞いて見る。セウタ行きのバスは何社もあるのだろうけど時刻表なんか確認する暇もなく勢いで乗ってしまった。
バスは走り出すと海と平行に東へ進む。セウタまでは2時間くらいで着くはず。道々でお客を拾うからあっという間に満席になってしまった。途中人が降りたり乗ったりしてくるのだけどセウタがそろそろなのかよく分からない。チケットを握り締めてそわそわきょろきょろしていたら隣に座っていたおばちゃんがセウタなら私も降りるからって言ってくれた(と思う)。しばらくしてバスの走っている崖道から下に町の広がりが見えてくる。セウタだ。
国境の手前モロッコ側で降りる。そこから歩いてパスポートコントロールへ向かう。おばちゃんの後をなんとなく着いていく。無料の出国用紙を売ろうとする人が大勢寄ってくる。窓口の手前では代筆業者が行く道を阻む。軽く振り払ってさっきのおばちゃんの後ろに並んだら代筆業者がワーワー言ってくる。いいよって顔していたらおばちゃんに外国人はあっちの窓口よって、結局代筆業者が案内してくれる。親切なのだかなんだか。
外国人の列は短くすぐに自分の番になった。パスポートを出すとページをあちこち捲っている。僕の顔と写真を何度も見比べる。なかなかスタンプを押してくれない。アラビア語の質問に躊躇していたら英語が話せる管理官まで呼んで、スペインでは何して働くのかと聞かれる始末。帰りのEチケットを出して旅行だと言っても納得してくれない。カサブランカへ飛行機で入国したのになぜこんどは船で渡ろうとするのかと。パスポート以外にライセンスは持ってないかって。ないよそんなもの。困った顔をしているとサインをパスポートどおり書けって。漢字で書くとまた何度も見比べている。最後は僕の後ろに人が並んだせいかしぶしぶって感じでスタンプを押してくれた。アフリカからヨーロッパへ抜ける国境をなめてたかな。
次はスペインの入国だと思ったのだけどスペイン側のゲートではパスポートを見ただけでスタンプなしで通されてしまった。拍子抜けと言うかほんとに大丈夫か微妙な不安を感じたが、まだアフリカ大陸の上だけどとりあえずスペイン入国。フェリー乗り場へはバスで行くのが早いのだけど、せっかくなので国境を徒歩で通過した余韻に任せて海際を歩くことにした。今日は日差しが暑い。
30分くらい歩くと城壁に着く。フェリーターミナルが分からずスペイン人風の老人に道を聞くとついて来いと言って曲がり角まで案内してくれた。モロッコのガキンチョが道の案内料を求めてきたことを思い出してしまった。
フェリーターミナルの中はもうすっかりヨーロッパで、チケット売り場はフェリー会社毎に分かれている。一番すぐに出発する船会社の窓口を見たら「Close」になっていた。もうチケットが売れてしまったのか出発前早々に閉めてしまうのか。仕方ないので出発まで1時間半ほどある別のフェリー会社でチケットを買う。出発の12時まで時間があるから海でも見てようとターミナルの出口へ歩いていたらタクシーの運転手らしい女性に乗りませんかと声を掛けられる。僕はこれからフェリーに乗るのでとチケットをちらっと見せながら断ったら、僕のチケットを見て「すぐ出るわよ。早く2Fに行きなさい」と。一瞬意味が分からなくて。だって今11時前でしょと言ったら、もう12時だと。また時差ぼけである。国境を越えた瞬間スペイン時間になっていたことに気づいていなかった。
慌てて2Fに行き出発検査でパスポートを見せたら止められてしまう。ここがスペインの入国検査になっていることに気づく。
出発まで時間がないので焦ってアルヘシラス、アルヘシラスと言うとパスポートのページを捲りながらスタンプはどうしたというようなことをスペイン語で言ってくる。やはりスペインのスタンプも必要だったのかな。モロッコ側のスタンプを指さそうとするとパスポートに触るなと注意される。4,5人の警察官に囲まれる。どっからきたのかと何度も聞かれる。パスポートにいろいろスタンプが押され過ぎているのを不可思議に思っているようである。そういわれても旅人なので。。。モロッコと同じように3日後には成田に帰るのですよと言うのだけどここの警察官はEチケットの見方が分からないのか僕の渡した紙をみんなで回しあっている。なんだかついに別室へと連行される。そこには僕と同じように尋問されている人が何人かいて、上官と思われる人が僕のパスポートを更にチェックする。後から思うとたかが20分程度のやり取りなのだけど、GW明けには普通に仕事が始まるので予定通り旅を進めていかねばならない身としては、このやり取りが異常に長く感じた。上官はスペイン語で部下になにか指示をしているみたいです。でまたついて来いと言われます。後を追うと荷物をそこへ置けとベルトコンベアーを指します。笑顔もないのできょとんと荷物を置いたら早く船に乗れと。。既に時計は12時を過ぎようとしいて入国が許された僕を船会社の若い女性スタッフが腕を振って走るポーズをして4番ゲートよ急いでと。カールルイス顔負けのダッシュでフェリーまで走る。船に乗りたくて走っているのか入国検査場から離れたくて走っているのか。
フェリーが出発するとそれはそれで元気なので甲板に出てジブラルタルの岩を見る。岩が近づいてくるとアルヘシラス到着、30分程度のあっという間の乗船であった。国境では現地語が多少話せた方が便利だったか、はたして。
アルヘシラスのペンションに部屋を確保すると英国領ジブラルタルへバスで向かう。
宇宙から地球に帰ってきたような、ユーロでの支払いにホッとしている自分がいる。でも次の国境を越えたら今度はポンドになった。滑走路を横断する際にはタイミングよく遮断機が下りてきて、目の前を飛行機が飛び立っていく。
ロックへは普通バスかケーブルで行くらしいのだけれど、歩いても行けるかと聞いたら行けるというので道なりに上っていく。歩くと意外と時間がかかる。だから歩いている人がいなくて、途中は結構心細い。頂上からの眺めはそれなりにきれいで、フィルムの枚数もモロッコより進む。まあアフリカが見えるぞ~という興奮はなかったが。また長い道のりを歩いて下の町に出る。モロッコ料理を食べている時、ジブラルタルに行ったらギネスとフィッシュアンドチップスだと思っていたので念願叶う。今日一日は久しぶりに長かった。
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早朝の列車でグラナダへ。この旅唯一の欧州鉄道の旅。バスを利用する人が多いのか朝が早いせいか乗客はまばらだ。2回目のスペイン。98年に来た時のユースでは、マドリードでハゲ坊主に日本人が襲われたとかそんな話題が盛んでおっかなびっくりだったけど、今日だって油断すればモロッコより面倒かもなともう一度気持ちを引き締める。
残念ながらなんだかんだいってヨーロッパに入ってモロッコより気が楽になってしまっている。
グラナダ駅を出ると日本人か韓国人の20代の若い女の子がひとりで大きなスーツケース引きずり地図を見ながら歩いている。傍から見ていると危なっかしく見えて大丈夫かなと思ってしまう。人のことは人のこととして僕も宿を探さなくてはならない。とりあえずカテドラルのそばまでバスに乗る。ガイドブックに載っていたホテルの部屋が取れた。テレビもついている。アルハンブラ宮殿の入場予約は17時半だったのでそれまでにカテドラルなどを見ることにした。シエスタがあるので入場が14時までだったりするのがちょっと不便だ。アルハンブラ宮殿がなんとなく有名だから一度くらいは見ておこうと思って、グラナダに来たのだけど、アルハンブラ宮殿ってモロッコの建物そのものじゃんって入ってから気づいた。モロッコから来るとせっかくのきれいな建物も見慣れてしまっていて感動半分という感じだ。宮殿の中ではグラナダ駅前にいた、たぶん韓国人の女の子と何度も擦れ違う。いやご無事でしたか。
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久しぶりの旅も最後の移動となる。
バスターミナルでチョコレートクロワッサンとコーヒーの朝食です。こういうのが一番好きなんだなって、せっかくモロッコを旅して来たのに、なんだかスペインに入ってヨーロッパ風にじんわりと幸せを感じている。1時間半でマラガに着く。今乗ってきたバスはこの後そのままアルヘシラスまで行くみたいだ。ホテルを探す前にマラガの鉄道駅へ寄ってみる。今スペインは新幹線AVEがどんどん整備されていて、それに合せて駅もきれいになっている。
駅から目的のホテルまで20分くらい歩く。最後の宿泊もスムーズに。5月なのでまあ楽なのだろう。ボローニャ、ゲントの3時間歩き回っても部屋が見つからなーいを思い出す。
歩いて歩いての旅だったのに最後も古城に上ったり、ピカソ美術館行ったり、残りの体力を全て使い切るかのごとくマラガの町を歩き回る。ピカソはいいね。ゴッホの次に好きです。夕方には毎回恒例になっている大型スーパー散策。お土産用のお菓子を籠いっぱい購入する。
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日本に帰る日。早朝の飛行機でまずパリに行く。朝から微妙に緊張している。なんでかというと最後の最後で無駄な計画をしているからだ。パリの乗り換え3時間20分の間にパリ市内まで行ってこようと思っている。空港内の移動往復(20分)+電車往復(80分)+ホームでの待ち時間(10分)+滞在時間20分弱の予定。搭乗締切時刻の1時間前迄には空港に戻ってきたい。
飛行機がパリに着陸しシートベルトのサインが消えると同時にダッシュで外に飛び出す、のだがバス移動のため全員が降りてくるのを無駄に待つ。空港内は一目散で走り抜け、RERの駅を探す。切符をどこで買えばよいか見つからない。空港係員に教えてもらった券売機で買おうとしたら操作が分からない。
後ろに並んでいた黒人のおじさんがどこ行きたいんだって助けてくれる。紙幣は使えず自分のクレジットカードも使えず。しょーがないといっておじさんが自分のパスモみたいなので切符を買ってくれる。10ユーロを渡したらおつりの小銭が1ユーロしかなくて1ユーロはおじさんへのチップになる。RER乗車まで計画より5分遅れ。ホームの人に流され乗車した列車は各駅停車。車内はノートルダムに着くまで満杯のぎゅうぎゅう詰め。車内の皆さんモロッコより色が濃いので迫力がある。ノートルダム駅の自動改札は切符を入れても扉が開かない。ビービーなっているのに係りの人は来てくれる気配が無い。仕方ないので強行突破を試みる。日本の自動改札と違い扉が高くてがっちり閉まっているから抜けるのに苦労する。計画より10分浪費してしまった。滞在時間10分ちょっと。"一人で写真"を撮り証拠作り完了。帰りの切符を買うのに小銭が必要なのでお土産やさんでパリの絵葉書を買って、隣に移ってこんどはジュースを買ってとコインを作る。セーヌ川を覗き込んでパリさんさようなら。
帰りは多少焦って、シャルルドゴール行きでない列車に乗ってしまい、慌てて北駅で下りて次の列車に乗り換える。シャルルドゴール駅ではやっぱり改札が開かない、開かない。どうも様子を見ていると乗客の2割くらいが開かなくなるみたいで、白人のお兄ちゃんは僕に近づいてきて君ので一緒に出ようと言って来る。だけど残念僕のも開かない。いったい何なんだろう。切符を握り締めすぎたのかな。今回も強行突破。途中体が挟まるから少々痛い。
のだめを見たら久しぶりにパリにも寄りたくなったのだけど、最近の地下鉄利用者の様子が見れたといったところか。パスポートコントロールではスペイン入国のスタンプが無いことを指摘されずに通過。最後にさっき買った絵葉書を空港内のポストに投函して、これにてと。




