note 寺山修司の真似した本の名言まとめを混ぜながら、ブログ風メモをたまに。
28,8,2015
富士登山競走
富士登山競走を5回目の挑戦にして、ようやく完走。勝ち逃げだ!と来年は参加しないことを決意し1ヶ月。次の目標は??。登りだけを根性で走るのは性にあってるのだけど、どしよどしよ。
来年以降はさておき、ボランティア、沿道の声援、一緒に走ったランナー、道を譲ってくれた登山客、色んな人達に支えれてるんだなと感じた下山でした。ありがとうございました。
23,8,2014
ごきげんよう
『花子とアン』花子の“ごきげんよう”の言葉に込めた気持ちが好き。
花子「『どうかお健やかに、お幸せにお暮し下さい』という、祈りです。人生は、うまくいく時ばかりではありません。病気になる事もあるし、何をやってもうまくいかない時もあります。健康な子も、病気の子も、大人たちも、どうか全ての人たちが、明日も元気に、無事に、放送を聞けますようにという祈りを込めて、番組を終わらせたいんです。」 『花子とアン』 NHK
27,9,2013
移ろいやすい
『あまちゃん』も明日で最終回。最初はオープニングの軽快な音楽に惹かれてテレビをつけ、宮本信子さん演じる夏ばっぱのナレーションが面白くて毎日見るようになり、舞台が東京に移った後も、アイドル?と思っていたGMTと鈴鹿ひろみさんが意外にも楽しくて、さらに放送後の 『あさイチ』での井ノっちと有働さんのコメントも欠かせない存在になった。すごく身近に感じていた賑やかな朝も明日終わってしまう。因みに歌は好きだが、"ずぶん"も移ろいやすい音程の持ち主。
2,9,2013
そういう具合
今週の 『youは何しに日本へ』は、以前登場した自転車旅人マーティンをドイツに尋ねた。日本一周に使ったダブルフロントライトの自転車。その自転車を販売してくれたおじさんにもアポ無しでビデオメッセージをもらいに行き、マーティンにダブルフロントライトと一緒にプレゼント。当時と同じTシャツを着て出てきたおじさんの「そういう具合になってる」に、旅の偶然の出会いの温かさを感じた。
30,8,2013
トウカイテイオー
競馬を始めたのは高2(93年)の春で、その年のダービー馬はウイニングチケットだった。テイオーのダービーには間に合わなかったが、始めてすぐにどっぷりハマった。93年暮れの有馬記念はビワハヤヒデが連対率10割と突出していて、負かす馬を期待していたら飛び込んできたテイオー。それ以来のファン。それ以来と言っても有馬記念を最後に再び長い休養に入りターフに戻ってこれなかったのだが。つい先週、北海道マラソンの帰りにノーザンホースパークに寄ってきた。そばのスタリオンにテイオーがいるんだろうなと思いながらぬいぐるみを買ってきたばかりだったのに、亡くなってしまった。テイオーやマックイーンが走っていた頃が一番楽しかった。
27,8,2013
庭がなくなる
隣の家は長らく空き家で、自分の部屋のベランダ正面がその家の庭。黄梅、梅、白木蓮か辛夷、櫻、紫陽花、南天etc。季節毎にきれいな花が楽しめ、まるで自分の家の庭の様に眺めていたのに、とうとう分譲地として売りに出されてしまった。しかも北海道マラソンに旅立っている隙に、油断した。62坪で1坪210万円だそう。木は切らないでー。
25,8,2013
ブラスバンドは軽快に
富士登山競走エントリー失敗の腹いせに北海道マラソン参戦。世界陸上についてTVに映れとか、イーブンペースじゃつまらんとか偉そうに言ってたが、暑かったので自分はちゃっかり気合い入れずにハーフ通過1:55'。前半は日差しが強く後半は雷鳴轟き雨に。それでも後半ペースが上がって気づいたら失速せずに自己ベスト+10'。夏だからまーまーかな。スタッフの皆様雨の中ありがとうございます。特にブラスバンドはいつも心が弾んで大好きだ。
17,8,2013
いつかは
世界陸上男子マラソン、川内優輝の途中失速は残念だった。暑さに弱いのかな、競馬じゃないけど、当日の天候で展開が違ってくることはあると思う。中本健太郎は先頭につけてテレビに映って見応えがあった。後半バテバテになるのを避けたいと抑え目に走ってしまうのは分かるのだけど、夏のレースだとしても代表ならば2:10'くらいを目標にテレビに映る位置でレースして欲しかったな。瀬古さん は自分のペースを守れるようにと言ってますが。35km過ぎで失速して順位が悪くなっても良いのでって勝手なお願い。いつか日本人選手皆が先行して勝負できるといいな。
10,8,2013
いつでも夢を
世界陸上女子マラソン、野口みずきの途中失速リタイアは残念だった。脱水症状だったのかな、どんなに練習しても当日のちょっとしたことで結果が伴わないことあるよな。その代わり福士加代子がじぇじぇじぇーな快走、いつ落ちるか気が気じゃなかったけど粘って3位でゴール。何度も挫折して、きっと周りから短距離で結果出てるんだからと、フルマラソン挑戦に反対もあったんだと思う。それも乗り越え「すごいじゃん、頑張った」 。満開の笑顔が素敵でした。さて、実績があればあるほど夢に自由がないのかもしれない。でも福士、木崎、野口の次の走りを楽しみにしてる。
26,7,2013
男って
『はやく起きた朝は…』って番組で、男性は「いってきます」と言ってからなかなか出掛けない、複数のことを同時に出来ないからだ、という話をしていた。ほんとにその通りで、自分も靴を履いてから忘れ物に気づき、道に出てから捨てるゴミを取りに戻ったり。なんなんだろう。
2,7,2013
盛り上がってます
HP・ブログのあちこちで盛り上がってます。先週末のつくばマラソンのエントリーについて、何度も更新してやっとエントリー出来たとか出来なかったとか、苦労の書き込みがいっぱい。もうマラソンの感想日記なんかより感情がこもっていて、盛り上がってます。
22,4,2013
土砂降りの雨の中で傘もささずに
かすみがうらマラソン。せっかく練習してきたのに酷い土砂降りの雨で、寒くてタイム更新とかどーでも良くなってきた。早く走って早く家に帰りたい気分でやけっぱちに走ってゴールしたら記録更新してしまった。スタッフの方達がびしょ濡れになりながらサポートしてくれてほんとにありがたかった。
3,2,2013
デッドヒート
別府大分マラソンでの川内選手と中本選手の走りに痺れた。川内選手の1秒でも早く走ろうとする積極的な走りがたまらんかった。みんな無茶しない去年のオリンピック選考レースとは違って、今日は最初から最後まで見入ってしまった。自分も今年はタイムより最後までダレずに積極的にフルを走り切ることを目標にしよう。イーブンペースなんてつまらーん。
10,1,2013
あきらめないというよりも
ニュースでサッカーの中山とカズのインタビューを見た。引退後もリハビリ・トレーニングしている前向きすぎな中山と自分のやるべきトレーニングを淡々とこなすカズ。あきらめないという言葉には、止めるという意味が含まれている気がする。中山とカズの中には、"あきらめる"という概念そのものが無さそうで、いつでも前進だけを考えているように見えて、かっこいい。
3,1,2013
期待
箱根駅伝で7区を走った青学の小椋裕介選手を応援している。出雲駅伝Vにも貢献した1年生。しかも自分が淵野辺で授業した際聴いてくれた学生のひとり。出岐選手以上に期待している。
24,8,2012
遠くに行き過ぎちゃった
シリアやルーマニアで日本人女性が亡くなってしまった。夢や情熱や心意気も生きてこそだなと、自分も海外をふらふらしているから、そう思った。
27,7,2012
あきらめない
「自分に同情するな。自分に同情するのは下劣な人間のやることだ。」 と 『ノルウェイの森』の永沢は言ってた。
富士登山競走5合目コースを制限時間2分前ギリギリゴール。休日出社まみれ真っ只中のせいか状態が悪く足が攣る攣る。来年もう一度再挑戦かなと一瞬考えてしまった。それでもあきらめずにぎりぎりなんとか来年頂上コースに参加できる資格を得られた。でも家帰ってオリンピック見たら、富士山ごときで自分に同情してしまって悔しい気分。
それはそれとして、塩分不足を補おうと、Tシャツの裾を絞って飲んだ汗汁がうまかったうまかった。生き返った。
22,7,2012
駆け込み乗車
映画を見た後会社に戻ろうした時の、たまにしか使わない地下鉄の駅でのこと。改札をピピっと抜けたら電車が来ている気配。慌てて階段を駆け下りたらホームで女性とぶつかりそうになってしまって「ごめんなさい」と声をかけているうちに電車は行ってしまった。反対側を見るとそっちにも電車が到着して、行き先は取手。あれ??自分の行きたい方の電車だ。慌てて駆け込み乗車。それだけの話。
15,7,2012
元気ですか
9月のセミナー準備でバタバタ。合間をぬって富士登山競走の練習のため箱根を往復。復路旧道をバタバタと下っていたら、旧道の石畳をハイキングしていた若い女性が頑張って下さいって手を振ってくれた。炎天下馬鹿みたいに走っていていつも白っぽい目で見られている気がしていたので、ちょっとびっくり、でもでも嬉しかった。
25,4,2012
やったね
15,4,2012
でんでん蟲蟲かたつむり
かすみがうらマラソンで6年振りに記録更新(公務員ランナー川内優輝さんが優勝)。6年前初めて4時間切ったのもかすみがうらだったので相性がよい。その時歩き出しそうになっていた自分に「諦めなければ4時間切れるよって」並走して引っ張ってくれたおじさんは今年も走っていたかな。「リラックスして走らないと疲れるから、力抜いて力抜いて」って教えてくれたんだよな。それにしてもスタート地点で流れていたAKBの『ヘビーローテション』が走っている最中ずっと耳に残って困った。。童謡の『かたつむり』に似てる気がする。
25,3,2012
梅残る卒業式
短距離マラソン(江戸城10km)に出走した後、竹橋から東西線に乗ったら袴姿の綺麗な女性がちらほら、みんな早稲田で降りていった。そっか2年ぶりの卒業式だね、去年は中止になったから今年は良かった。自分の卒業式から2年経っちゃったか。最近のんびりし過ぎだな、もちっとがむしゃらにならねば。
19,3,2012
エディー・ジョーンズ新生日本代表
小野澤宏時 が引き続き日本代表に選ばれた。日本選手権決勝でもトライをあげていたし、いつまでも現役でいて欲しい。
11,3,2012
あきらめない
今年はロンドンオリンピックなので男子女子と選考レースが続いている。琵琶湖での出岐雄大 (青学大)の頑張りはすごかった。最後の名古屋はCMに入る度に先頭集団が入れ替わっている、そんなレースだった。オリンピックに行けなかった野口みずきのレース後のコメントが良かった。
「五輪を逃したのは悔しいし、満足はしていない。でも4年間の努力は報われたなと思います。どれだけ転んでもあきらめずに立ち上がりたい。そこはレースでの走りと自分のマラソン人生が重なる。負けず嫌いなので。何度転んでも絶対立ち上がってやる、と思っています」
「また10年前にこの名古屋で初マラソンを走って2時間25分30秒台だったんですね。それで今回も2時間25分30秒台なので、またここからがスタートなのかなと思っています。また、次のステージに上がるために、ここからスタートしていきたいと思っています。」
11,3,2012
終わらない歌を歌おう
東北地震についての番組を見た。取材先のケーキ屋のおじさんが、
「復興、がんばろう石巻、絆、そういった言葉に疲れている。頑張っているのに、これ以上頑張れ頑張れと、何を頑張れと言うのか。」
と言っていた。んだなあと思う。 『情熱大陸 石巻日日新聞』 TBS
3,3,2012
ヘタレなので熱くなった
『カーネーション』実質最終回。気づいたらNHK朝の連続ドラマにずっぷりはまっていた。脚本がいいのかキャラクターに味があるのか、セリフがしんみり心に響いてくる。ドライアイの心配が不要になるやさしい言葉がいっぱいあった。メモしてなかったから忘れてしまったので最終回だけ。
糸子 「やっぱし、うちの土俵は東京ちゃう。ここや。極楽も地獄も全部、この窓から見てきた。うちの宝は全部ここにある」
北村 「おばはん、分かっちゃあるけ? おまえ、大概、年やど」
糸子 「うっさいな。人の事、言われへんやろ」
北村 「ほうよ。お互い、この先、なくしてばっかしじゃ。お前が言うちゃあった宝かて、どうせ1個ずつ消えて行く。人かて皆、死んで行くんじゃ。お前、ここにいちゃあったら、一人でそれに耐えていかなあかんねんど。しんどいど・・・ほなもん」
糸子 「はっ・・・ヘタレが。ほんなもん、分からへんやろ。そもそもな、なくすなくすって、何なくすねん。うちはなくさへん。相手が死んだかて、な~んもなくさへん。決めたもん勝ちや」
北村 「何言うてんねん」
糸子 「ヘタレはへたれて泣いとれ。うちは宝抱えて生きてくよって」 『カーネーション』 NHK
29,2,2012
のっぺりしない
多様性を大切にする、寛容になる、簡単ではないけれど。。
「のっぺり」というのは、自分と価値観が違う、正否の判断基準が違う、宗教が違う、言語が違う、美意識が違うような人間と交渉することにぜんぜん興味もないし、適性もない人間のことである。全員が同じルールでゲームをしているときに相対優位に立つための術には優れているが、「違うルール」でゲームをしている人間のことはまったく理解できないし、理解する必要も感じない。それが「のっぺりしたリーダー」である。世界がそういう人間たちで覆われたあとに、「想定外」が起きたときにどうするのか。それを考えると、今のうちから「リスクヘッジ」として、「もしものときに無理を通せる」タイプの人々を政治経済の要路に配置しておいたほうがよろしいのではないか。 『「腹の読めないおじさん」から「のっぺりしたリーダー」へ 』 内田樹のブログ
やっぱり、知れば知るほどわからないっていうほうがずっと面白いと思うんだよね。だから「わかった」って言う人に対しては、「浅薄だ」って思わなきゃいけない。「わかった」って断定的に言うことはすごく浅薄で幼稚なことなんだっていう社会的な了解を取りつけなきゃいけないと思うんだけど、世界全体の流れからいえばそんな考え方はどんどんどんどん少数意見になりつつある。でも、「少数意見になりつつあるなら、やめよう」と思うのは全然間違いで、真理は多数決にはないからね。 『「考える練習」 第1回 自分の頭で考えるには?(上) 』 保坂和志 WEB連載
23,12,2011
年の瀬
成城大学の記念講堂に混声合唱団「城の音」の60周年記念音楽会を聴きに行った(朝日新聞の記事 )。仲間がいるっていいなと思った。
5,11,2011
なんとか & これから
今日JAROSのシンポジウムでの発表がたくさん助けてもらったお陰でなんとか終わりました。さて、こないだ情熱大陸で35歳デザイナーのパリコレ密着3ヶ月を見た。パリコレが無事終わったことを三宅一生に伝える電話の中で
「これからですね」
と言っていた。自分もほんとにこれからが大切だ。今はほっとしているけどね。 『情熱大陸 三宅一生 & 宮前義之』 TBS
8,8,2011
気心腹人己
「気は長く 心は丸く 腹立てず 人は大きく 己は小さく」 達磨大師、大徳寺内大仙院、一休和尚
15,7,2011
三十五歳
彼女が入社間もない六月か七月のこと。長年飼っていた犬が死んで、目を泣き腫らして出社してきた。まだ「ペットロス」などという言葉がない時代で、事務所の年長の社員たちから、「そんなに泣いてもらって犬もさぞかし幸せなことだねえ。」とか、「犬が死んだくらいで泣いていられるんだから、平和な時代になったもんだ。」ぐらいのことしか言われなかったときに、私が彼女のそばに寄っていって、「おまえ、なんで休まなかったんだよ。犬が死んだんなら、会社なんか休めよ。」と言ったのだそうだ。
彼女はそれを二十数年経っても憶えていたのだから、よっぽど嬉しかったか気持ちが慰められたかしたのだろう。私も言われて確かにそんなことがあったと思いだしたけれど、今となっては事務所全体に聞こえるような声でその言葉を言えなかった自分が歯痒いというか情けない。 『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』 保坂和志
5,5,2011
こだわり
インテリアにこだわる、食べ物にこだわる。健康に、エコに、マラソンの格好に、などなど。めんどくさがりな自分はこだわらないってことにこだわっている気がする。。
27,4,2011
メジロ
メジロ牧場がなくなってしまう。競馬を始めた頃活躍していた馬がメジロマックイーンやメジロパーマーだったので、長い距離勝ってこそ強い馬だと今でも信じている。どんどん寡占化が進んじゃうと、どっかでしぼんでしまいそうで心配だ。
15,4,2011
TVを見ていて共感してくすっとした鋭いひとこと
「チェロにはかなわない。チェロのほうが深い音があるし、温かい音色が出るし、低音のメロディーを弾かせたらチェロにはかなわない。ヴァイオリンの魅力は多分むき出しの金属音であるとか不快ではないけれど、不快直前のようなキーキーした音が出たり、美しいだけでなく生々しい感情が出る。」 『強く 強く ~バイオリニスト 神尾真由子 21歳~』 NHK
「裁判官て変なのがいっぱいいんだよ。…なぜかっていうと修習生ってのは裁判官、検察官、弁護士どれでもなれるんですよ。ところが変なやつはですね弁護士になれないんですよ。コミュニケーションが作れないとかね人間が嫌いだとか、しょーがないから裁判官になるんですよ。いい人もいっぱいいますよ裁判官の中には。」 『情熱大陸 弁護士・弘中惇一郎』 TBS
10,4,2011
春は眩しくて苦手なのだけど今年は別
今年も櫻はちゃんと咲くんだなと。北のほうにもきれいなさくらが咲きますように。
6,3,2011
新記録!
1つ年上の大畑大介がとうとう引退してしまった。森嶌正人(中学が同じ)が高校2年の時FBとして選出された高校日本代表を怪我で辞退して、代わりに選ばれたのが大畑大介。大畑はその後日本代表で長く活躍する。同時期に日本代表で活躍した難波は相模台工業で久我山の森嶌を準決勝で2度倒している。同い年の森嶌は既に引退、難波も今年で引退。さて自分であるが今日出たマラソン大会は体が硬くて伸びない伸びない。この1年くらい現状維持でいいやと思いつつ維持もできずにずるずる落ちていく。やっぱり新記録を目指そう。ここが踏ん張りどころまだ現役である。
26,2,2011
おみくじ
弟のかみさんのお母さんが日本に来たのでみんなで浅草寺に行った。おみくじを引いたら"大吉"が出た。「すべてよし」だって。気をつけよとか努めよとか言ってくれないと引きごたえがないな~なんてね。
20,2,2011
超高層恐怖症
毎朝乗り換え駅のホームからスカイツリーが間近に見えるのだが、超高層の建物が出来ると経済危機が発生するという記事が日刊ゲンダイに載っていた。エンパイアステートビルと世界大恐慌、ペトロナスツインタワーとアジア通貨危機、ブルジュハリファとドバイ危機。スカイツリーは2012年開業らしいが、それにしてもスカイツリーって横浜マリンタワーそっくりじゃん。エッフェル塔を見にパリに行きたくなる。
29,9,2010
vertigo
17時頃体がぬたーっと鈍く振れた、気がした。特に揺れている物もなく地震だとも言い出せず、眩暈かなと納得しかけた。でもやっぱり地震。遠くの大地震がじんわりと伝わって来たのかなと慌てて調べたら、震源は福島県中通りで最大震度は4。ヒッチコックは 『ハリーの災難』が一番好きだが、 『めまい』もよい。
11,8,2010
インターネットで記憶を検索
高校で体育を習った先生が昔は大学の陸上部監督で箱根駅伝ではジープに乗っていたという話をふと思い出した。検索してみたら水田信道先生は選手としても花の3区で区間賞をとっている。しかも選手時代のチームメイトは応用地質学者の人じゃないかな。昔 『地震と地盤災害』を読んだな。過去のかすかな記憶が情報を付加して新しい記憶になった瞬間・・・。400m走の授業では、水田先生は最後の直線の所に立って「腕を振れ、腕を振れ」と言ってくれてた。
9,8,2010
炎天下とマラソン
夏の太陽が照りつける今頃になってようやく走る気力が戻ってきた。マラソンブームとは反比例でここ1年くらい真剣に走っていなかったのだが、きのうは石神井池・富士見池・善福寺池の3池を巡回した。12時を過ぎてしまったので井の頭池までは行かず、、熱中症は自覚症状がないようなので。それはそれとして、走る気力が戻ってくると駅の階段は駆け上がるし信号が点滅すると横断歩道をついついダッシュしてしまう。
23,5,2010
oaks
府中で行われたオークスをTVで見た。結果はGIで初めてとなるアパパネとサンテミリオン2頭の同着優勝であった。両馬のエネルギーのぶつかりがゴールですうっと平衡になったような感じできれいだった。
20,5,2010
untitled
『BS世界のドキュメンタリー インドの今を生きる 「潜入報告 インド 児童労働」』を番組途中から見た。採石場で石を砕く少年。ヨーロッパの街々で見られる石畳を加工しているようである。半ば強制的に売られてきた子供たちがただ同然で働かされている。今まで、ヨーロッパはアスファルトじゃなくて石畳だから風情があっていいよねって単純に思っていた。。
22,11,2008
キートンたいちとユーリー・スコット教授、再び
「人間はどんなところでも学ぶことができる。知りたいという心さえあれば・・・・・・」 『MASTERキートン』 浦沢直樹
25,12,2003
すれ違う
この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ 花に嵐の喩えもあるぞ さよならだけが人生だ 『厄除け詩集』 井伏鱒二 …『勘酒』于武陵
4,10,2002
巳未五月十日(安政六年;1860年)
自分は意志が弱く、何かことをなすような人間ではない。しかしそこで自分を駄目だと思ってあえて何もしなければ、すなわちできることもできなくなってしまう。一時の平安に身を任せることを、日また一日と重ねれば、ついには畳の上で老死するだけである。 『自警六則』 久坂玄瑞
14,8,2002
往来堂書店
研究所の裏手、根津神社を通り抜け不忍通りに出た所に往来堂書店という小さな本屋さんがある。限られたスペースによく吟味された本が並べられている。鷲田清一に出会ったのもここだった。そして研究が進展しないと本が増えていく。
寺山修司 の真似をしてみた。
<聴く>というのは、なにもしないで耳を傾けるという単純に受動的な行為なのではない。それは語る側からすれば、ことばを受けとめてもらったという、たしかな出来事である。 『「聴く」ことの力―臨床哲学試論 』 鷲田清一
あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。 『風の歌を聴け』 村上春樹
それが、竜馬の最後のことばになった。言いおわると最後の息をつき、倒れ、なんの未練もなげに、その霊は天にむかって駈けのぼった。 『竜馬がゆく』 司馬遼太郎
「あたりまえよ。あの穴のあいたワラ半紙、病室の壁に貼って、毎晩寝る前に、バカ、バカ、って言ってたのよ。そうするとぐっすり眠れたの。でもね、そのうちに、ほんとに謝りたいことは穴のところにあるんじゃないか、って思ったりもしたのよ」 『冬への順応』 南木佳士
ただ表面的なものを見ているだけでは、その内なる世界が見えてこないのである。 『宇宙を映す身体 アジアの舞踊』 宮尾慈良
でも、少しずつ、少しずつしかうまらないものがある、僕達には、この新世紀、この遅さをおぼえ、このささいな自由の心弱さに慣れる仕事が、残されています。 『ポッカリあいた心の穴を少しずつ埋めてゆくんだ』 加藤典洋
人間として持つべき最も大事なものは頭の切れの鋭さでも、ましてや学歴とか富とかではなく、ただひたすらやさしくあることなのだというようなあたりまえのことが、低くなった視野に見えてくる。 『医者という仕事』 南木佳士
4,6,1999
旅とは
私の慰めは 旅人として あちらこちら 異国の住居の窓をとおして 眺めることだ 異国人の生活や悲喜を そっと見つめて それらを いっしょに運んでゆくのだ 『孤独』 ヘルマン・ヘッセ
31,5,1999
キートンたいちとユーリー・スコット教授
"どんな状況に置かれても研究を続け、立派な学者になりなさい。そしてその時は必ず会おう"
「人間は一生、学び続けるべきです。人間には好奇心、知る喜びがある。」
「信念を持って大胆に行動せよ。そうすれば結果はついてくる。」 『MASTERキートン』 浦沢直樹
1,4,1999
脱出
秋田が寒かった ので、水戸の大学へ転校した。それでもまだ「♪君の住む 美し都~」は遠い。
秋田市を出たあたりから海が明けてきた。山形県境で車を海岸に止めた和丸は海水で顔を洗った。
秋田の方の海に向かって大声で、あばよーっと叫んだ。 『医学生』 南木佳士
28,10,1998
ほんとの出会い
なにが嫌いか、と問われれば、ためらいもなく一番に答えるのが三月である。
別れはふいにやってくる。医者になってから学んだ事実といえばこれだけのような気がする。 『ふいに吹く風』 南木佳士
16,1,1998
合田雄一郎
そうして、地震のひと揺れで六千人が死んだ日も、地下鉄に撒かれた毒ガスで五千人が死傷した日も、この多摩堤はジョギングやテニスを楽しむ人で溢れていたのだが、この穏やかな無意識に自らを沈めるなと言うならば、一人一人の個人はかなり孤独な精神のひとり相撲を強いられる。
納得する必要はない。辛いことが、辛くなくなることはない。自分の腹に収まる場所を見つけるのだ。
合田は深呼吸をし、最近あまり見ることもなかった夜空を仰いだ。星のない曇天だったが、人間一名を包み込む天空の大きさにかわりはなく、この空の下で人間は独りだ、自分の声を聞くのも独りなら、己の理性も感情も、種々の価値観も独りだという、いつもの単純な思いをもった。 『レディー・ジョーカー』 高村薫
19,11,1996
大学なんて行かなくてもいいんじゃないかな~と思っていた頃
流行を追わず、一匹狼も辞さず、世間の誤解も恐れず、精神の貴族たれ。人並みの凡庸でなく孤高の異端たれ。 『快楽主義の哲学』 澁澤龍彦
22,7,1996
後から思うと
もう、お茶の水。プラットフォムに降り立ったら、なんだかすべて、けろりとしていた。いま過ぎたことを、いそいで思いかえしたく努めたけれど、いっこうに思い浮かばない。あの、つづきを考えようと、あせったけれど、何も思うことがない。からっぽだ。その時、時には、ずいぶんと自分の気持を打ったものもあったようだし、くるしい恥ずかしいこともあったはずなのに、過ぎてしまえば、何もなかったのと全く同じだ。いま、という瞬間は、面白い。いま、いま、いま、と指でおさえているうちにも、いま、は遠くへ飛び去って、あたらしい「いま」が来ている。ブリッジの階段をコトコト昇りながら、ナンジャラホイと思った。ばかばかしい。私は、少し幸福すぎるのかも知れない。 『女生徒』 太宰治