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東京から6時間半、タン・ソン・ニャット空港。タラップに立つと30度がむっと押し寄せる。リュックを受け取ると慌ててフリースをしまう。今年はモロッコ、ロシアと旅してきたので、何気ない入国審査にドキドキしてしまう。まずはATMでベトナムドンを下ろす。数字の桁が多くてとまどう。とりあえずバスに乗れればと10万ドンに。出てきた紙幣が10万ドン1枚。小額紙幣が出てくるように19万ドンとか半端にすれば良かった。どこかで小さくしてもらいたいのだけど、不用意に歩いたらタクシーに乗るかって寄ってきた寄ってきた。かわすのが面倒なので10万ドンでバスにトライ。152番の運転手にベンタインに行くかと確認したら行くと。10万ドン札使えるかと見せたら、手に持ったはさみでターミナルビルの方を指さす。この運転手のおっちゃんずっと鏡を覗き鼻毛を切りながら答える。困ったなーという表情をしてみたら、おっちゃん自分のポケットの紙幣を確認してお釣りが足りたみたいで乗れと合図する。それにしてもホーチミンは暑い。
バスは満席に近かったけど日本人はたぶん自分1人。空港から太い通りに出ると、来た来た原付バイクの大群。それを見て早くバスを降りてその中に混じりたくなるわくわく気分が半分、まだ人事のように窓から眺めている自分が半分。空港からの道はなかなか賑やかで、人がだんだんと降りていってしまうので落ち着かない。街路樹がなくなりフロントガラスの向こうにどっかで見た景色が現れる。東野岡村が歩いていた場所だ。ガイドブックの写真と照らし合わせて飛び降りる。旅慣れてしまったのかわくわく半分だが、旅始まる。
ベンタイン市場のバスターミナルからホテルまでの道順が地図では分かった気がして歩き出したのだが、バイクの大群に躊躇して出だしの大通りの横断を避けて手前側の道を選んでしまったらめぼしい目印が見つからない。結局サイゴン川経由になり遠回りでホテル到着。
今回の旅は、年明けの仕事の都合もあり極力エネルギーを消耗しないように進めていくバカンス一人旅としたので、ホテルも安宿でなくそれなりのオスカーサイゴン泊。旅中の宿と夜行列車は日本で予約済み。。まあハワイの海を見ながらプールで泳いでいるバカンスと同じでお気楽な予定。コロニアルって単語にはお気楽な軽さはないかもしれないけど、オスカーサイゴンはフランス風建築なので選んでみた。
なんだかんだで16時を過ぎリュックを置いてホテルを飛び出したものの、1ブロック行ったところで雨がぱらぱら。慌てて傘を取りに戻ってもう一度ホテルを出ると本降りに。10分くらいドンコイ通りを歩いて、ホテルマジェスティックの前に出て来た頃になるとあっさり雨は止んだ。
目の前のサイゴン川に"来たよー"と言って川沿いを歩き出すとすぐに原付バイクが歩道まで乗り込んできて、あっという間にバイクに取り囲まれたりする。トンドクタン通りからぐるっと回りこんでさっきバスを降りた市場まで行ってみる。一杯目のphởを食べる。
30度とはいえ冬は冬なので日は短く、17時半頃には沈み"Happy New Year 2011"のライトアップが通りを明るく照らす。
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朝食は11階のレストラン、眺めが良い。オムレツを焼いてくれる列に並んでみたが、コックにベトナム語で何か言われ、きょとんとする。。前に並んでいた人と同じく1つと合図するのだけど、お互いきょとんどうも目玉焼きという選択もあったようでオムレツのコーナーとすっかり思い込んでいて反応鈍い。卵が焼けるまで窓から下の通りを覗き込んでホーチミン市人民委員会のグエンフエ通りを撮る。
自分としては高めのホテルなのでドレスデンの朝食並に種類も豊富でおいしい。順番がめちゃくちゃだけど最後にコンフレークで腹を膨らます。リュックを夕方までフロントに預けて町に出る。とりあえず大聖堂に行きとなりの郵便局で絵葉書を買って東京に送る。"フランス風建物を見る"は終わったのだけど19時の夜行までまだまだ時間はたっぷりある。急ぐことはない。
緑の多い町をゆっくりふらふら歩く。中心を離れると多少地元っぽくなる。ベトナムの人達は髪も黒く、若い女性なんて日本人と見分けがつかない。公園に挟まれたレユアン通りを進むと統一会堂に出る。ここは1975年4月30日に解放軍の戦車が突入し戦争が終わった場所で、旧官邸の屋上から戦車のやって来た建物正面のレユアン通り見下ろす太陽がいよいよあつくなる。日本人ツアーの後についてガイドをちょこっと聞かせてもらった後、次の戦証博物館に向かう。町を歩いていると次第に日本人であることを忘れるのだけど、博物館でチケットを買うと日本語のパンフレットを渡され、無国籍の旅人になったつもりでいた自分がずいぶん身勝手だったことに気づく。
館内にはベトナム戦争の写真が展示されている。知らず知らずに視界がにじんでいく。"戦争を知らない"世代なのだが、ずいぶん遅れてようやくここへやって来て、ベトナムに触れ、僅かながら戦争を感じられたような気になれた。2階には石川文洋さんの写真とカメラが展示されてあり、石川さんの本は日本を縦断していた頃に「日本縦断 徒歩の旅」を読んだきりだったけど、ベトナムについても読もうと思う。ここに来てほんとに良かった。石川さんのカメラをカメラで撮っていたら、「12時close」の一声で見学中のみんなが追い出される。
自分は見終わっていたからよいけど途中の人も強制的に昼休み。さて今日の昼食は東野岡村が行ったレストランで春巻きとおこげご飯。席が奥の方になってしまったため土鍋を割ったりご飯を投げたりするのは見られず。表の方から土鍋をがっちゃんがっちゃん割る音が響いてくる。
写真を見てもうサイゴンをやりきった感が出てきたのだけど、今いる町の北側からから南のサイゴン川の方まで歩いてみよう。犬を飼っている商店が多い。ベトナム人は言葉少なめの穏やかな感じで、犬も飼い主ににてかおっとりのんびりな顔をしている。ベトナム人は日本人に似て眼をがんと見てこないのだが、犬も「おいわんちゃん」と声を掛けてもなかなか顔を向けてくれない。川沿いに出た。風が心地よい。
あとは博物館に入ったりして列車までの時間をつぶす。スーパーで水と非常食のクッキーとりんごを3個買い、ATMでお金を下ろしてリュックを取りにホテルに戻る。
さて駅に向かうぞと立ち上がるとロビーにいたホテルの人が通りに出てタクシーを拾ってくれる。運転手に「ガーサイゴン」と伝えるときょとんと目を丸くする。慌てて地図の駅を指差すと「あーGa SaiGonね」と言われる。そう言ったんだが…。そんな一部始終を見ていたホテルの人が大丈夫でしたかととろんとした笑顔で見てくる。そんな笑顔を見てしまったので、「タクシー降ります もう一泊します」って飛び出したい気分になる。ホテルを離れるにつれ、なつかしさとさみしさの混じったような気持ちが膨らむ。タクシーが揺れる。
サイゴン駅。まだ改札は開いてなかったので、カフェで友達に年賀状絵葉書でも書こうと思ったのに、つい席の空いていたロッテリアに入ってしまった。ベトナムでハンバーガーを食べ7UPを注文したのにコーラだったコーラを飲み絵葉書を書いていると、近くに座っていたベトナムの若者達が話しかけてくる。なんだろと思ったら床におちているお金を指差している。あれ誰のだってさっきのお釣りじゃないか。ありがとう。でもズボンの前のポケットに直接お金を入れておけば絶対にスリにあわないって豪語していたくせに、落としてどうする。大丈夫か。
通路挟んだとなりのテーブルには西洋人の同い年くらいの男性2人組の旅行者が席に座ってレジの上のメニューを見て注文を考えていると、制服を着ていない若者がメニューを持って彼らのテーブルで注文を聞く。ベトナムでは席でオーダーができるのかなと見ていたらレジの店員は彼の代理注文に若干戸惑っている様子。テーブルの方を指さしてお金を渡してハンバーガーが出来たらテーブルに持っていってお釣りを返している。チップでももらいたいのかと思ったのだけど、特に2人組とそんな会話をしている様子もない。その後も彼はテーブルを片付けたり、ハンバーガーを運んだりしている。制服も着ていないし、店員に指示されることもない。不思議だ。
店の外に出るともう改札が始まっていたので慌ててポストに投函し、トイレに寄ってホームで列車と女性車掌の写真を撮って、さぁーと乗り込む。4人部屋にはもう3人いて、上のベットの2人がベトナム人の親子、子供は「ドレモーン」(Đôrêmon)を読んでる。もう1人が日本人のおじさん。話をすると親子がクイニョン、おじさんがダナンまでで、最後まで乗っているのが自分。発車すると腹ばいになって、車窓の原付バイクを目で追う。ライトアップされた教会が見える。サイゴンの町を離れてしまうと窓の外は真っ暗になり、しばらくすると売り子さんが来て部屋を覗き込んで何かいう。お父さんが朝食をどうするか聞いてますと通訳してくれたので、日本人2人は食べることにして、お金を払って予約券をもらう。そしてそれからみんな寝る。
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途中で何度か駅に停まり、朝を迎える。
朝食が届けられる前にベトナム人の親子が降りて行く。朝食はインスタント麺の上にガーがのっていて、その上にお湯をかけて食べる。おいしいおいしい。途中の駅から空いた席に今度は5人位の家族が入ってきた。どうも席の予約がうまくできなかったようで分散して座るみたい。列車は海に近い所を走っているにはいるけど海は見えない。そのかわりに1号線がずっと列車につかずはなれず走っている。トラック、原付、農夫。田畑が広がる。こっちはいつでも暑いから一面緑に稲が育っている。畑を耕す牛とノンをかぶった女性もいっぱい見える。
さとうきび畑があらわれた。広告の看板なんかないから景色がきれいだ。たまに集落が現れてまた田畑に戻る。単線なので何度かサイゴン行の列車とすれ違う。おー、向かいの列車の車両と車両の連結部に女性がいる。ジャカルタじゃないんだから列車にしがみつかなくても危ないぞ。売り子さんが昼飯の予約しますかと声を掛けてくるけど、クッキーをいっぱい買い込んできたからそれを昼飯にすることにした。
12時過ぎにダナン着。ここでおじさんが降りていった。
ホイアンに行くという。時間がないので自分はハノイ直行。ホームで写真撮って部屋に戻ると先にいた家族が別の部屋に移っていき、新しい家族が入ってきた。父母兄妹の組み合わせで、少年は幼稚園くらい、女の子はまだ赤ちゃんでベットの上を歩こうとするたびにお母さんに引っ張られている。お兄ちゃんが「おー」っとか言って窓を覗くと妹がまた立ち上がってお兄ちゃんのそばに向かおうとする。引っ張られる。立ち上がる。引っ張られる。
ダナン駅を出発すると列車は進行方向と逆向きの今来た方向へ戻って行く。このままだとまたサイゴンに行ってしまう。ちょっとどきどきしながらガイドブックのダナンの地図を確認すると、なんだなんだダナンの駅は引き込み型の駅だったのか。こんどは自分の席が進行方向向きになった。
家族は弁当を買ってきたみたいで昼食の時間になる。あー自分も頼めばよかったかなーとクッキーを頬張りりんごを食べる。昼食が済むとお母さんは妹をあやし寝かせ、父と少年は二段ベットの上に寝る。4人が寝てしまった。どこまで行くのだろう。
しばらく走ると海が見えた。ハイヴァン峠辺りで列車はゆっくりゆっくり進む。海はさほど波立っていなくて、ゆっくり打ち寄せている。折角の海なので写真をばしばし撮りたいところだけど、みんな寝ているのでそっと1枚だけ撮る。通路に出てトイレの開いた窓から撮ることも出来るのだけど、この部屋の扉はしっかり閉まっているから、ちょろちょろ出入りするとうるさいかなと。4人が穏やかに寝ているのが絵に書いたようで、クレヨンしんちゃんのような家族と海を交互にぼーと眺めていると、すっかり東京の事なんか忘れて旅に夢中になっている自分に気づく。
1時間くらいするとみんなの昼寝の時間が終わる。みんなが起きたので扉を開け通路に出る。通路には必ず誰かが外を見ている。一緒に海から次第に離れていく風景を見て、それからトイレに行って部屋に戻るとしんちゃん一家は荷物を片付けている。フエで降りるみたいだ。4人の動きが面白かったので降りてしまうのは残念。まあまた新しい人が来るだろう。フエに着くとお兄ちゃんが自分の前に立って黙って自分の顔を見てくる。どうしたのだろうと一瞬思ったらお母さんにバイバイでしょって言われて、「バイバイ」。慌てて「バイバイ」と返すのだけど、とっさでベトナム語のさようならが出てこなかった。後から思うと、Chaoで良かったのだけど、ChaoはCiaoとは違うか。。
フエでもどうせ少し停車するのだろうとホームに降りようとしたら車掌のおばさんに戻れと言われてしまう。。どうも停車時間が短いからダメだったらしい。部屋には非定席家族が戻ってきた。見慣れない顔の男の子も追加されていていったいこの家族は何人グループなのか。どうも別の車両にも仲間がいるらしい。取っ換え引っ換え部屋に入ってくる人の顔が変わるのでどうも落ち着かない。長時間乗りっぱなしにも流石に飽きてきたので、車内見学に出てみる。隣の車両からは3段ベットの6人部屋でみんな窮屈そうで上のベットの人達が通路にプラスチックの椅子を出して座っているベットの厚さも自分のより薄めである。かつての南北の国境付近を通り過ぎる頃には日が沈んでいく。車両をうろうろしていたから夕食の予約をしそびれた。
飯抜きかなと思ったけど、ちょうど廊下を通った売り子さんを呼び止めて注文している人がいたので、見まねで同じように頼んでみた。。どれをのせるのだ聞かれたので肉の揚げたのを指差す。ご飯いっぱいと骨付き肉、漬物のような野菜が少々。醤油をつけて食べるとすごく美味しい。ご飯もあったかくて、醤油に浸した骨をしゃぶりご飯をかきこんで。
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朝は4時着だからと昨日の夜は22時くらいには横になったのだけど、途中の駅から新しい2人が乗ってきてシーツも剥がれ汚れた2段ベットの上に上がる。僕の横には非定席家族の人が赤ん坊を抱えて寝ていたり、また別の人に交代したり相変わらず落ち着かない。部屋の扉も開きっぱなし電気も付きっぱなしだったけど、なんとか数時間は寝れた気がする。朝はどおせ車掌さんが到着前には起こしてくれるのだろうと思っていたのだけど、通路を乗客が歩き出すのが見えた。えーもう着いた。確かに4時だ。いや降りなきゃ。上の2人はまだ寝ている。慌てて荷物を片付けて飛び出す。車両の出口に車掌がいたのでハノイ駅って聞いたらそうだと無愛想。お互い2日間乗りっぱなしでお疲れですね。
呆気無い終わりだけど、大泉洋の「水曜どうでしょう 原付ベトナム縦断」と逆向き、出発直前に読んだ沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」と同じ北上で、1号線と並走できた。降り立った外のホームはまだ暗く、行き止まり駅で屋根のない駅構内には夜空が広がりベオグラード駅に着いたときのような気分になる。皆の流れにのって出口方向へ進むとタクシー乗るかホテルはどこだと例のごとく人が寄って集ってくる。予約しているホテルの名前をうろ覚えに適当に答えたら、そんなホテルはないと言われたので仕方なくカバンの中からホテル名のメモを出して真面目に答えたら、バイクタクシーの運ちゃんそのホテルはもう入れるから行くぞって無理に誘ってくるのだけど、適当にほっておき便所に入って一呼吸。さてどうしたものか。駅の外の通りに出てみたが真っ暗の道は方向も分からず、ガイドブックの地図にある駅前の道となんか合致しないので、歩いてホテルに向かうのは難しそう。下手に歩くとフェズのライカールトを怒らせて石投げつけられた事件みたいな面倒なことも起こりかねない。駅前をふらふらしていると引っ切り無しに呼びかけられるので駅の待合室で日が昇るのを待つことにする。扉が空きっぱなしでホーチミンとは違いやっぱり寒い。ホテルに行っても部屋に入れないだろうし、駅前にあるはずのロッテリアは目に入らない。まだ寝不足気味で一眠りしたいし、あーどうしよう。
なんとか1時間半くらい待合室で半眠りしていたのだけどホテルに着いてほっとしたい気分のほうが優ってくる。5時半まだ暗いし早く着き過ぎでホテルの人は困るかもしれないけど、いいやホテルに行こう。ちょうど待合室前で乗客を下ろしたタクシーにホテルまでいくらだと聞くと結構高い値段を言ってくる。深夜料金なのかもしれないが高かったのでそれより低い金額を言うとうっとうしそうな顔してそれでいいから早く乗れという。ホテルに着いた時、勝手に動いていたメーターのほうが微妙に安かったけどどうでもいいや。
フロントでホテル予約のバウチャーを見せてチェックインを試みるけど部屋は空いていないから入れませんよって当たりまえだね。7時半くらいになれば空くかもしれないというのでロビーで待たせてもらうことにした。沢木さんが泊まったホアビンホテルに自分も泊まる。今回はバカンス旅行なので綺麗なホテルを利用する。Happy New yearって挨拶してくれたのに風呂に2日入っていないヒゲぼさぼさが元旦早々ロビーのベンチでごろごろしていてほんとにすみません。

ロビーで半眠になったり、明るくなりだした外に出てホテルの外観を撮ったりしているうちに何組かチェックアウトし7時半ついに部屋が空いたのでと声がかかる。荷物だけ預けて汚いまま街に出る覚悟もしていたのでうれしい。ここに2泊するのだけど3日分宿泊費を払わなくっちゃって感じだ。綺麗な年賀のカードまでもらったし。まずは風呂風呂と素っ裸になったのだけど湯を張るの忘れてた。熱めの風呂は乗り疲れがとれます。
夏のホーチミンとは違ってハノイは冬で、東京よりは暖かいので長袖・フリース・ウィンドブレーカーという組み合わせがちょうどよさそう。パリの写真にも写っている水色のティンバーの長袖を探すのだけどリュックのどこをほじくっても出てこない。夜の電車ではウィンドブレーカーを着て寝ていたのだけどそれでも寒かったらと枕元に出しておいた所までは思い出せるのだけど仕舞った記憶がない。でもベットの周りに忘れ物ないか確認したんだけどな。わざわざ寝ている間にシャツだけ盗まれることもないだろうから、きっとベットとテーブルの間に落ちてしまって気づかなかったのだろう。慌てて降りた代償、気に入っていたので今から別のシャツと忘れ物を交換できないかな。やれやれ、バタバタした旅ばかりしている割に無くし物はしないのにな。ワージング(Worthing)に向かうバスの中に「旅の会話辞書」を忘れてきた以来の大物だと思う。1枚分洗濯のペースが狂ってしまった。風呂の残り湯でひと通り洗濯を済ませ、一瞬転寝して、元気でてきたぞーと部屋を飛び出す。ホテルの木製階段の軋む音が軽やかに響く。
ホアンキエム湖方面に向けて足早に歩を進める。お腹すいたぞ、朝食食べたい、phở食べたい。でもホアンキエム湖の玉山祠に寄ってみる。赤い棲旭橋を渡って島に入ると、みんなが池の方を指さして興奮している。どうも亀が見えるみたいで、対岸にも人が群がっている。人垣の中に分け入ると大きい亀が水面すれすれをゆっくり泳いでいる。みんな嬉しそうで自分もなんか嬉しくなってくる。後から知ったのだけどこの亀すごく大きくて神と崇められているらしい(REUTERSの記事)。
どっかでphở食べよって思いながらふらふら歩いているとphởより行き交う人を見ている方が面白くなってずんずか奥に吸い込まれてしまう。格子状の道を左に行ったり右に行ったりあみだくじのようにうねうね歩きながらドンスアン市場にやって来た。市場の脇でなんか言い合いしてる人がいる。ハノイの人達大人しそうに見えるけど、なんか腹たっちゃったのかな。でもモロッコみたいな殺気立った感じはしない。さてさてここらで折り返そう。もいちど池の手前あたりまで来て、この辺は飲食店が多く集まるエリアみたいで屋台の路上の椅子に座って、ようやく朝食のphởを食べる。ハノイのphởもおいしい。後から同じテーブルに西洋人のカップル来て相席になる。この辺は観光客も多く、カゴに果物を入れて売り歩いている人、フランスパンを山積みにして売っている人、せわしなくみんなが歩いているようで、でも東京の雑踏とは違う、柔らかい何かが漂っているような感じがする。
今日の予定というのは特になく、なんとなくふらふらするのが心地よい。ホーチミンよりは寒いけど東京よりは暖かいだろう。ウインドブレーカー着て歩いているとやや暑いくらい。ガイドブックに載ってたハノイ大教会に行ってみた。ヨーロッパの教会のような興奮は特にない。ベトナムは建造物より町の雑踏に紛れている方が面白いかもしれない。
ホアンキエム湖周辺もひと通り歩いたので次は駅の方に行ってみることにする。ホアロー収容所跡に寄って、ハノイ駅到着。ハノイ駅は朝のイメージと違う大きな建物だ。朝じっとしていた待合室はハノイ駅に隣接するハノイB駅だったみたいで、道理で地図と駅周辺が一致しなかったのだ。駅周辺はお店も多い。朝暗がりで感じた心細さは何だったんだろ。そこから線路をまたいで更に歩いて行くと観光客が大勢いる文廟に出る。中を覗いて、次はホーチミン廟。広場前の通りは滑走路になりそうな感じがする。その後はチュックバック湖に行き、その先のロンビエン橋にたどり着く。エッフェルが作ったという噂。鉄骨むき出しの橋は確かに味がある。その橋の端をスクーターを避けながら川の真ん中まで渡って戻ってくると、また当てもなく歩いて、お腹が空くと屋台でphởを食べ、何となく買ったフランパンが日本で食べたことないくらい美味しかったり、夜行明けのせいか計画性がいまいちないのだけど、1日が過ぎていく。
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ハノイ二日目の朝。今日はハイフォンに行くことにする。いつも昼飯を食べ損ねるからしっかり朝ごはんを2人分位食べる。たくさん食べといてずーずーしいけど正直言っちゃうとホーチミンの朝食の方がオムレツとかあって良かったかも。
ハイフォンへはバスで行く。ホテルからハイフォン行きのバスが出ているルオンイエンバスターミナル(Lương Yên)は少し離れているので、原付タクシーに乗って行く。ホテルを出るとヘルメットを持った原付タクシーのおっちゃんが何人か待ち構えている。待ち構えられると躊躇する。だからホテル前では乗らず2ブロックほど歩いて、ボーとしてたおっちゃん捕まえてバスターミナル行ってと伝える。特別値段交渉するわけでもないのだがホテル前より安い気分。
ハイフォンへの道のりは鉄道と並行している。バスの中のテレビではコメディ番組が流れていて乗客は皆笑っているのだけど、さっぱり分からん。言葉がわからなくても笑えることもあるけどダメだ。強いかみさんが亭主を怒っているというのがざっとした内容で、日本の落語もそのような話が多いがベトナムも女性強しなのか男性がだらしないのか日本と似ているよう。
テレビを諦め、外を眺めると道路脇にはフランスパンをかごいっぱいに積んで販売している売り子が等間隔で何人も立っている。信号も少ない大通りなので車は結構なスピードで走っている。わざわざ車を止めてフランスパンを買わないだろと思うのだけど、これだけ売っている人がいるのだから、買う人がそれなりにいると考えたほうがいいのか?
出発して2時間半ハイフォンの町中に入ると、バスが停まるたびにどんどん人が降りていく。めぼしいシンボルがない町だとどこで降りていいのかわからない。早まって降りると意外と生活エリアと観光エリアが離れていたり、だらだら最後まで乗っていると町外れまで行ってしまったり。そのへん列車だと降りるところは決まっているので楽である。外の風景を見ながらガイドブックで現在地を推測しようとするが出来ない。乗客も少なくなってきたので適当に銅像が立っているバス停で降りた。落ち着いてガイドブックを調べるとレチャン女史の銅像なのだそうだ。町の中心で近くのバスターミナルから帰れば良さそう。相変わらずバスは苦手だ。
ハイフォンはフランス植民地時代に栄えたので、コロニアルな建物が多く立ち並ぶ。それらを見ながら通りを進んでいくとスピーカーからベトナム語で内科放送している賑わっている通りに出た。どうも大勢の人が大聖堂に集まって新年のお祈りをしているようだ。デモみたいにギュッと人が集まっているので、自分も中に入って様子を伺う。厳粛な雰囲気なのかな、恐る恐る胸でカメラを構えてそっと写真を1枚パチリ。
コロニアル見物も終り、市場でひまわりの種を買ったりしてバスターミナルへ。ハイフォンのそばには世界遺産のハロン湾があり、バスで行くことが出来たが、東野岡村で見たハロン湾は海が静かで、仙台松島みたいにつまらなさそうだったので、ハノイに帰ることにした。
帰りのバスは途中からの乗客も多く満席になり、それでも停留所毎に人は増え、後から乗った人は補助席になった。補助席と言っても備え付けの椅子ではなくて、風呂場で使いそうなプラスチックの椅子を通路に並べて座るのだ。そんな席でも同じ料金で2時間以上大変そう。うとうとしているうちにハノイに到着。朝は原付タクシーでやってきたが、歩いてホテルへ帰ることにする。こっちの地区の方が観光客も少なく地元感が強く漂う。phở以外にも色々食べ物が露天で売られていて、途中笹で包まれたちまきみたいな食べ物を見つけたので買ってみた。のだが、中から出てきたのはもち米ではなく、魚肉ソーセージ見たいな肉っぽい塊。どうもバナナの皮に包まれたネム・チュアという食べ物らしい。ちまきが好物なのでつい買ってしまった。懲りずに別のお店で葉に包まれた四角い食べ物を買ってホテルに戻って葉を開いてみたら、今度は米の塊が出てきた。食感はねちょっとしている。やみつきになるって食べ物じゃなかったけど、phởや生春巻きなど取っ付き易い物以外も食べれて良かった。
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最終日。成田行きの飛行機は夜遅い23:55発なので、チェックアウト後、夕方までハノイをうろちょろ。正月休みだった博物館に今日は入れるかなと、ヒルトンホテルのそばの地質博物館に来てみたがやっぱり開いていない。入口付近でもたもたしていたら、原付タクシーのお兄ちゃんが近づいてきて別の博物館にバイクで行かないかって誘ってくる。断っても英語が話せるお兄ちゃん、色々話をしてくる。どうも料理屋でコックをしていて仕事が休みの日は原付タクシーをしているらしい。働き者というかいつ休んでんだ?観光客のために英語も勉強しているらしい。ベトナム人は日本と似ていて勤勉だな。時間はたっぷり余り過ぎていて、歩いてどこでもいけるので断ったのだけど、お客を探して周回しているお兄ちゃんにまたすれ違ってしまった。笑顔で手を振ってくれたので振り返す。一人に飽きていたのでこんな些細なやり取りもありがたかった。
だらだらしているうちに日が沈む。最後にホアンキエム湖をもう一度望む。湖畔ではラジオ体操みたいな体操をしている女性のグループがいたり、ライトアップされた池の周りをゆっくり散歩する人たちがいたり。
空港行きのワゴンタクシーに乗り込む。短いバカンスの旅が終わる。ベトナムの穏やかな人柄同様、ホーチミンもハノイも穏やかな時が流れていた。

